信州上田カメラ屋気まぐれブログ

長野県上田市の松尾カメラ店主のブログです

ブータン王国 ② パロからティンプーへ

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ブータンの空の玄関口はパロ。早朝、バンコクからブータン国営ドゥルク航空を利用、インド・バクドクラでの給油を挟んで、朝7時30ごろ到着しました。

空港を出てほどなく、私たちのマイクロバスは路肩に停車。朽ち果てた建物の再建現場とのこと。17世紀の寺院だそうで、来年ぐらいの完成を目指していると、現場監督らしい方が英語で説明してくださいました。日本語ガイドを除くと、初めて会話を交わした誇り高きブータン人との出会いとなりました。

最初の本格的な撮影地として立ち寄ったのは、パロ川に架かる鉄製のつり橋が印象的なタチョガン・ラカン。ヒマラヤ仏教全般に見られる経文か書かれた5色の旗タルチョが無数にたなびいています。橋の建物の窓辺には、死者の遺灰を混ぜて作った小さな仏塔ツァツァが無数に並んでいました。こちらはブータン独自の習わしだと伺いました。早速にこの国の精神文化の深さに触れることができた思いでした。

ところで、日本で持ち合わせた知識では「ブータンチベット仏教の国」との認識でしたが、旅の後半でガイドから次のような指摘を受けました。

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ブータンドゥク派チベットを中心としたラマ教は、ネパールも含めた山岳地帯に広まった「ヒマラヤ仏教」に属するもの。ドゥク派の教義は、チベットの教義を含むより広い範囲のものとなっているので、「チベット仏教の国」という表現は正しくない。
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また、「ブータン」という呼称は、インドン人から見た「山の国」との物で、本来の国名は、「ドゥルク」(=龍の国)と力説もしていました。
旅行中、週末とも重なった所為か、隣国インドの観光客を数多く見かけました。私の先入観もあるとは思いますが、彼らの立ち居振る舞いはブータンがまるで属国であるかのように感じる場面もありました。しかし、もともと高い精神文化や経済社会とはかけ離れた価値観を持つ「ドゥルク」の人々は、少しも気にしている様子を感じさせません。笑顔を絶やさず、私たち日本人とも自然体で接してくださる方が多いと感じました。すっかり、ドゥルクの人々のファンになりました。


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